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ジェンダー理解のための
セクシュアリティ入門

虹色のセクシュアリティ

◆日本社会では、単純異性愛者(Hetero Sexuality)が多数派であると言われます。しかし現実に目を向けてみると、生きているそれぞれの個人の性行動・性的指向は、社会の枠に収まりきれない部分を少なからず持っています。それを無理やりどちらか一方に押し込めようとするのが、結婚制度や社会がもつイメージです。

イラストby白六郎

 現実の社会にはこうした制度にどうしても納まりきれない人たちがいます。これら単純異性愛者以外の人々をセクシュアル・マイノリティと呼びます。これら少数派の人々は、「正統宗教や社会理念に反する」として差別されてきた歴史があります。欧米では同性愛者は、つい数十年前まで犯罪者とされ、同性愛行為をした者は投獄されるという現実がありました。(作家のオスカー・ワイルドはこの罪で投獄され、破滅への道をたどった)また宗教的なタブーの薄い国でも、異常者・変態・病気・精神病などの扱いをされてきました。
 現代の日本でも同性愛者は差別され、笑いものにされ、迫害されている実態があります。こうした差別や迫害は前時代的なものであり、全ての人の人権が守られるべき現代社会に措いてはあってはならないものです。しかし、この差別の根はなかなか深いものがあります。

◆一つの例を取り上げてみましょう。

「やたらに男ぶる」マッチョな男性が、実は同性愛者である、という例は少なくありません。彼らには「男らしさ」が最上の価値であり、論理必然的に男が好きなのです。彼らにとって女性は支配と陵辱の対象「跡継ぎの男子を産む道具」でしかありません。ハード・ゲイと呼ばれるタイプがこれに近く、過剰に攻撃的で支配欲が旺盛です。スパルタの戦士、戦国時代の武士、ナチス突撃隊のレームや三島由紀夫などがこれにあたるでしょう。しかし彼らがそれを自覚せずに抑圧してしまうと、逆に同性愛者への攻撃に向かいます。ハード・ゲイはいわゆる「おねえ」タイプのゲイを忌み嫌います。こうした顛倒した感情が差別の底流にあると考えられます。

 「普通」異性愛者の男女にしても、同性愛者の前に出ると自分の「普通」性が危機を感じて、強く拒絶したり、無関係を強調したりして過剰に反応する傾向があります。こうした例は、ジェンダーが人工的で脆弱なものであるという状況証拠になるでしょう。

 同性愛者(ゲイ、レスビアン)という括り方は「同性愛・異性愛」という大きな分類の一方の半分なので、セクシュアル・マイノリティの中では大きな集団です。これはさらに細かく分類出来ますし、それ以外にも様々なマイノリティが存在します。人間の性がグラデーション(虹色の光の帯)であることを認識するためにも、これらの人々の存在を知ることは必要であると思います。

◆自分の「戸籍上の性」と「自己認識の性」とに違和感がある人々を、段階別に分けると、次のようになります。

 1:一応自分の性同一性に順応しているが、反対の性にも移動できる人
   =トランスヴェスタイト(TV)
 2:自分の性同一性に違和感がある人
   =トランスジェンダー(TJ)
 3:自分の性同一性が全く感じられない人
   =トランスセクシュアル(性同一性障害者=TS)

 また、「自己の性意識」に「性的指向の違い」を加えると、実に様々な集団が分類できることになります。つまり、戸籍上の性・意識上の性・性対象という三つの区分で分類出来るのです。

(分類)
 
戸籍上の性
意識上の性
性 対 象

 この中で、BとEは単純異性愛者である「セクシュアル・マジョリティ」です。
 GとHは「単純な同性愛者」です。Aはハードゲイに近いタイプ、Dはディープなレスビアンです。
 CとFは表面上は「異性愛者」ですが、中身は違います。単純異性愛者に対して「複雑異性愛者」と呼ぶべきでしょう。

 これらにさらに、俗に「両刀使い」と言われる両性愛者が加わります。両性愛者の中には、生物学的な両性具有・半陰陽者(エルマフロディット)と、心理意識的に両性を備えているインターセックス者とがいます。インターセックス者は上記のトランスヴェスタイト者に似ていますが、自己の性同一性を固定していない点が違います。
 ある個人を分類すると、「性同一性に違和感がなく、戸籍上の性と意識上の性が同じで、性対象に異性を選んでいる単純異性愛者」という表現になるでしょう。実際の社会には10種類以上のグラデーションが広がっていて、それがかなり無理やりにセクシュアル・マジョリティに押し込められているのだと考えられます。

◆セクシュアル・マイノリティへの差別をなくし、その権利を守ることは真に平等な社会を実現するための必須の課題です。同性愛者グループは彼ら自身が急進的な運動者であり、その活動は大きな影響力を持っています。しかし彼らの運動を待つのではなく、セクシュアル・マジョリティの側からも平等を目指して意識改革を進めるべきでしょう。  (か)