ホーム  >  ジェンダーを語ろう  > おばさんの井戸端ジェンダー   世界のジェンダー統計

おばさんの井戸端ジェンダー       子育てしたくなる条件

イラストby白六郎 週末になると、お隣さんの前に家庭菜園で採れた無農薬野菜が、「どうぞお持ち帰りください」と出されます。最近引っ越してきた近所の女の子が、「お母さん、○○さんちからナスもらってくる!」と走ってきます。その子はひとなつこくてわたしにも何かとしゃべりかけてくるのです。かわいいったらありゃあしません。その子の大きな声が通りに響いていると、ここは人が住んでいる町なのだと、やっと実感できるのです。

わたしの住んでいるところは分譲されて30年近くたつので、子どもは成長し出ていってしまい残っているのはリタイアした大人が多いです。たまに、子どものいる世帯が引っ越してくると、路地に子どもの声が行き交い、町が生き返ったような気がします。

わたしが子どもを産める可能性のあったころは、高度経済成長驀進中で、『物と金』がすべてという風潮でした。「こんな社会ではどんな子どもが育つのかしら」という不安が大きかったです。仕事も猛烈に忙しかったし……(真実は相手がいなかったことかな)子どもを産めそうもない年代に突入してから、ひどく子どもがほしくなったけど、後の祭でした。

わたしは農村地帯に育ったので、子どもの頃は自分ちやよそんちの広い庭で遊びまくりました。小さな子がいない家の庭でもよく遊ばせてもらいました。大人は田んぼか畑にいるので、何かあったらそこへ呼びに行けばいい。まあ、たいがいの家には年よりがいたので屋敷内では子どもだけということは少なかったです。悪いことをすると、よそのおばあさんとかにきっちり叱られました。農繁期には田んぼに大人がいっぱい働いていて嬉しかったです。大人は昼には家に帰ってきて昼食を食べ、かんかん照りの日盛りには昼寝をしてから午後の重労働。日暮れと共に家にもどって来ました。

神社とか川や山の中に遊びに入ったら子どもだけです。お寺や神社の境内では異年齢集団でよく遊びました。小学3年生にもなると、仲のいい1才年下の女の子と2人で自分で作ったそまつな弁当を持って奥山深くまで遊びにいきました。夕方家にもどると体力を使いきっているので、夕食を食べながら眠ってしまうこともよくありました。つくづく、幸せな子ども時代を送らせてもらえたものだと思います。

それで、わたしが思う『子育てしたくなる条件』は断然これ、労働時間の短縮

わたしが忙しく働いていた頃は、1日10時間以上の労働はあたりまえでした。午前零時過ぎまで職場にいたこともあります。しかも、労基法で定められた健康維持のための45分間の休憩時間や午前午後15分ずつの休息時間はまともにとれたことはなかったです。そういう状況では、なかなか「子育て」しようという気にはなりにくいです。

よく言われることですが、長時間労働は他人の雇用を奪いますよね。単純化して計算すると、1000万人が2時間の残業をやめると250万人を新たに雇えることになります。

ここ数年、税法改編などで所得格差が増大し、ちょっと前の1億総中流意識なんてどこかに吹き飛んでしまった感じがします。富はもっと広く分配するべきだと思います。

わたしの理想労働時間は、勤め人は1日6時間労働です。せめて40代になってからでもいい。定年退職してからでは地域に根づきにくいです。家庭にもどった夫が妻に「今まで朝の7時から夜9時までは夫がいなくて自由だったのに、退職したら朝から晩まで家にいてうっとうしくてたまらない」などとぼやくのが聞こえてきます。

短時間労働にして、余暇は自分のため社会のために使う。たとえば、他人の子育て支援・援農・市民運動・福祉活動とかいろいろあると思います。人間関係が会社だけでなくなり、お金では買えない体験ができ人生は豊かになると思いますがね。

わが親愛なる友人たちは、無定量の仕事や際限のない残業時間を減らすべく心血を注いでいますよ。

ビルや会社に夜遅くまで明かりがつき、コンビニや大きな駅前だけ異様な人だかりというのは淋しすぎます。おばさんは願っています。「おじさんたち、もっと早く会社からもどって来て! 地域でなにかを始めようよ
  (つ)

⇒次の話へ